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2008/06/21 (Sat)
掌編
── コンコン
ノックをすれば、程なく不健康そうな顔が出て来る。
…薄々予想はしていたが、矢張りこの男が寝ている訳が無かった。この日、この夜に。
「あれ?コネコちゃんじゃないか、どうしたんだい?」
長田文学。軍艦アパートの管理人。
その見事にコケた頬を眺めつつ、少し口早に用件を伝える。
「イワサキーが自室の鍵チャンとかけて出てった。具合でもワルいのかもしれニェーし、見て来い」
自分を見る管理人の顔に、いやに柔らかい苦笑が浮かぶのが分かった。
何となく気まずくなって思わず目を逸らしてしまう。
「またあの人は、小学生に心配させて……。分かった、ちょっと様子を見てこよう。…でも、コネコちゃんは様子見にいかないの?」
…まあ、当然そう聞かれる事は予想していた。
だから動揺なんてしない。してない。
「…メンドイ。ソレに、店子の心配は管理人がスルものニャ」
ピシャリと言った筈だが、何故か長田の笑顔はますます柔らかくなった。何かムカツク…
…と、いけない。忘れずに一つ釘を刺しておかないと。
「言っとくガ、間違ってもオレが行かせたニャんて言うんじゃニェーぞ?…最低でも騒音で眠れニャイから苦情が来たって言え。良いニャ?」
脅すように睨んでそう言えば、アッサリと返る色よい返事。
「わかったよ。絶対言わないから安心しなさい」
相変わらずの人の良さそうな笑顔が少々癪に障るが……ともあれこれで一安心。
後は餅を餅屋に任せて自室に帰ろうと、踵を返す。
が、
「眠れないのかい?」
管理人の声に呼び止められた。
……此処で弱みを見せて溜まるものか。
即座に振り返って笑って見せる。
「バーカ、オレは普段からコレ位の時間まで起きてるニャぜ」
「戦争の前も?」
……。
大きな戦い。戦線に出るにしても、後方で応援と援護に回るにしても、どちらもそれなりの大仕事。それに備え、キッチリ早寝を心がけて見せる、緊張する様な可愛げがサッパリ無い小学生。
そんな『お得意のポーズ』が瓦解したのは、何時だったか…
段階を踏んだのだろう、ハッキリとは分からない。
でも切欠は分かる。
「…トモカク、『不安で眠れないの~ウッフン』ニャんて吹聴する趣味は無い」
冷たくそう決め付けて、今度こそ帰ろうと歩き出して…
…しかし程なく、今度は自分から足が止まってしまった。
腹の中や頭の裏にある、チリチリとした熱。
吐き出したいと言う衝動。
見せたく無いと言う意地。
少しの逡巡の後、衝動に負け口を開いた。
「イワサキーは、アイツは、強いか?」
…ずっと気になっていて、ずっと分からない事。
金剛の強さを見せたと思えば、柳の如く撓る事もある。
硬くも脆くも見える。
どちらも正しいのかもしれない。
どちらも気のせいかもしれない。
不意打ちの筈の質問に、しかし返事は直ぐ帰ってきた。
「強くなろうとしている。とは思うね」
それは概ね、強いと言う意味だ。
……なら
「なら、死なないか?」
スルリと、そんな言葉が、勝手に喉から滑り出た。
夜陰の中響く自分の声が、丸で他人の声の様に聞こえる。
「 」
返事は、よく聞こえなかった。
気休めを言ったのかも知れない。
或いは容赦のない現実を吐いたのかも知れない。
弱音を吐くなと励まして来たのかも知れない。
もしかすると、自分と一緒でよく聞こえず聞き返したのかも…
だが、どれにしても、結局は同じ事だ。
死ぬに決まっている。
戦争なのだから人は死ぬ。誰も彼も、例外なくだ。
そんな事は入学した最初から分かっていた。
嘘だ。全然分かっていなかった。
怪我をしているのは分かっていた。なのにけしかけた
分かっている積りになっていただけ。
生命賛歌を見誤っていたからじゃない
それが分かったのは、
単に、思っても見なかったんだ、想像もしなかったんだ
…取り返しがつかなくなった後で…
あの時、不安のままに泣き縋っていれば、彼は…
「はン!バカかオレは」
管理人は、もう此処には居ない。
あのうるさい大学生の話相手になりに行った。
話す相手が居るのは大切な事。それは良く知っている。
なのに今晩、自分は親友の誘いを蹴った。
泊まりに来ないかと言われたのに、準備が半端だからと言って断った。
…今一緒に居たら、どうなるか分からない。
不安と恐怖の最中、遠慮なく甘える事の出来る相手など…
蟻地獄と一緒だ。
平素でも決して良い事とは思えない。
ましてや戦争だ。
共に赴こうと、何時逸れるとも知れない。
依存しすぎれば、死ぬ。
互いを頼みにし過ぎれば、死ぬ。
死ぬ。
死んではいけない。
死なして良い訳が無い。
それを、それなのに
Hallelujah
Hallelujah
Hallelujah Hallelujah Hallelujah !
Hallelujah ! Hallelujah ! Hallelujah !Hallelujah !Hallelujah !
for the Lord God Omni potent reigneth,
Hallelujah !
…
唐突に、歌声が聞こえた。
ハレルヤコーラス。神に、世界に捧げる祝福の歌声。
岩崎燦然世界の歌声。
アパート中に響き渡る歌声。
子守唄とは程遠い、豪快で盛大な近所迷惑。
「ナニやってんだアイツは…」
……。
アイツは死なないだろう。
根拠は無い。何となく、そう思った。
あの途方も無く場違いで破天荒な子守唄を聞いていると、不思議と、そう思えた。
アイツは死なない。
勿論、自分だって死なない。
どいつもこいつも、一人だって死にはしない。
当たり前だ。当たり前の事だ。
そんな訳は無い。それは分かってる。
それでも、例えそうでも。
誰が死ぬつもりで戦場になんて行くものか。
誰が死なせるつもりで戦場なんかに誘うものか。
当たり前じゃあないか。
何を下らない事に悩んでいたのだ自分は。やっぱりバカか。
寝よう。
思ったよりよく眠れそうだ。
みんな寝てる、お友達も、小鳥も、オモチャも、みんな。
──とある歌より
── コンコン
ノックをすれば、程なく不健康そうな顔が出て来る。
…薄々予想はしていたが、矢張りこの男が寝ている訳が無かった。この日、この夜に。
「あれ?コネコちゃんじゃないか、どうしたんだい?」
長田文学。軍艦アパートの管理人。
その見事にコケた頬を眺めつつ、少し口早に用件を伝える。
「イワサキーが自室の鍵チャンとかけて出てった。具合でもワルいのかもしれニェーし、見て来い」
自分を見る管理人の顔に、いやに柔らかい苦笑が浮かぶのが分かった。
何となく気まずくなって思わず目を逸らしてしまう。
「またあの人は、小学生に心配させて……。分かった、ちょっと様子を見てこよう。…でも、コネコちゃんは様子見にいかないの?」
…まあ、当然そう聞かれる事は予想していた。
だから動揺なんてしない。してない。
「…メンドイ。ソレに、店子の心配は管理人がスルものニャ」
ピシャリと言った筈だが、何故か長田の笑顔はますます柔らかくなった。何かムカツク…
…と、いけない。忘れずに一つ釘を刺しておかないと。
「言っとくガ、間違ってもオレが行かせたニャんて言うんじゃニェーぞ?…最低でも騒音で眠れニャイから苦情が来たって言え。良いニャ?」
脅すように睨んでそう言えば、アッサリと返る色よい返事。
「わかったよ。絶対言わないから安心しなさい」
相変わらずの人の良さそうな笑顔が少々癪に障るが……ともあれこれで一安心。
後は餅を餅屋に任せて自室に帰ろうと、踵を返す。
が、
「眠れないのかい?」
管理人の声に呼び止められた。
……此処で弱みを見せて溜まるものか。
即座に振り返って笑って見せる。
「バーカ、オレは普段からコレ位の時間まで起きてるニャぜ」
「戦争の前も?」
……。
大きな戦い。戦線に出るにしても、後方で応援と援護に回るにしても、どちらもそれなりの大仕事。それに備え、キッチリ早寝を心がけて見せる、緊張する様な可愛げがサッパリ無い小学生。
そんな『お得意のポーズ』が瓦解したのは、何時だったか…
段階を踏んだのだろう、ハッキリとは分からない。
でも切欠は分かる。
「…トモカク、『不安で眠れないの~ウッフン』ニャんて吹聴する趣味は無い」
冷たくそう決め付けて、今度こそ帰ろうと歩き出して…
…しかし程なく、今度は自分から足が止まってしまった。
腹の中や頭の裏にある、チリチリとした熱。
吐き出したいと言う衝動。
見せたく無いと言う意地。
少しの逡巡の後、衝動に負け口を開いた。
「イワサキーは、アイツは、強いか?」
…ずっと気になっていて、ずっと分からない事。
金剛の強さを見せたと思えば、柳の如く撓る事もある。
硬くも脆くも見える。
どちらも正しいのかもしれない。
どちらも気のせいかもしれない。
不意打ちの筈の質問に、しかし返事は直ぐ帰ってきた。
「強くなろうとしている。とは思うね」
それは概ね、強いと言う意味だ。
……なら
「なら、死なないか?」
スルリと、そんな言葉が、勝手に喉から滑り出た。
夜陰の中響く自分の声が、丸で他人の声の様に聞こえる。
「 」
返事は、よく聞こえなかった。
気休めを言ったのかも知れない。
或いは容赦のない現実を吐いたのかも知れない。
弱音を吐くなと励まして来たのかも知れない。
もしかすると、自分と一緒でよく聞こえず聞き返したのかも…
だが、どれにしても、結局は同じ事だ。
死ぬに決まっている。
戦争なのだから人は死ぬ。誰も彼も、例外なくだ。
そんな事は入学した最初から分かっていた。
嘘だ。全然分かっていなかった。
怪我をしているのは分かっていた。なのにけしかけた
分かっている積りになっていただけ。
生命賛歌を見誤っていたからじゃない
それが分かったのは、
単に、思っても見なかったんだ、想像もしなかったんだ
…取り返しがつかなくなった後で…
あの時、不安のままに泣き縋っていれば、彼は…
「はン!バカかオレは」
管理人は、もう此処には居ない。
あのうるさい大学生の話相手になりに行った。
話す相手が居るのは大切な事。それは良く知っている。
なのに今晩、自分は親友の誘いを蹴った。
泊まりに来ないかと言われたのに、準備が半端だからと言って断った。
…今一緒に居たら、どうなるか分からない。
不安と恐怖の最中、遠慮なく甘える事の出来る相手など…
蟻地獄と一緒だ。
平素でも決して良い事とは思えない。
ましてや戦争だ。
共に赴こうと、何時逸れるとも知れない。
依存しすぎれば、死ぬ。
互いを頼みにし過ぎれば、死ぬ。
死ぬ。
死んではいけない。
死なして良い訳が無い。
それを、それなのに
Hallelujah
Hallelujah
Hallelujah Hallelujah Hallelujah !
Hallelujah ! Hallelujah ! Hallelujah !Hallelujah !Hallelujah !
for the Lord God Omni potent reigneth,
Hallelujah !
…
唐突に、歌声が聞こえた。
ハレルヤコーラス。神に、世界に捧げる祝福の歌声。
岩崎燦然世界の歌声。
アパート中に響き渡る歌声。
子守唄とは程遠い、豪快で盛大な近所迷惑。
「ナニやってんだアイツは…」
……。
アイツは死なないだろう。
根拠は無い。何となく、そう思った。
あの途方も無く場違いで破天荒な子守唄を聞いていると、不思議と、そう思えた。
アイツは死なない。
勿論、自分だって死なない。
どいつもこいつも、一人だって死にはしない。
当たり前だ。当たり前の事だ。
そんな訳は無い。それは分かってる。
それでも、例えそうでも。
誰が死ぬつもりで戦場になんて行くものか。
誰が死なせるつもりで戦場なんかに誘うものか。
当たり前じゃあないか。
何を下らない事に悩んでいたのだ自分は。やっぱりバカか。
寝よう。
思ったよりよく眠れそうだ。
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